『終活』とは、人生の終わりのための活動とありますが、
実際、どのくらいの人が、
どのように終活しているのでしょうか。
葬儀やお墓をどうするかとか、
自分の意志が伝えられない状態になった時の、
介護や延命措置に対する希望などを、
家族と話し合って、
しっかりと決めておくというものです。
なぜ終活を行うのかという理由については、
『何かあった時に、家族に迷惑をかけたくない』
という意見が多かったようです。
でも、終活というのは、
この世に自分がいなくなった時のことというよりも、
今後の自分の生き方のためにすることだとも言います。
資産や財産、人間関係などを整理することで、
残りの人生を、自分らしく生きられるために、
終活を考えてみては…というものだったのです。
『終活』・・・やったほうがいいよなー
・・・やらないといけないよねー
ず~っとそう感じていたものの、
『まっ、いまでなくてもいいか~!』
そんなふうに伸ばし伸ばしになっていたのも事実です。
終活をするのは誰のために
終活とは、ウィキペディアには、
「人生の終わりのための活動」の略で、
人間が自らの死を意識して、
人生の最期を迎えるための様々な準備や、
そこに向けた人生の総括を意味する言葉とあります。
自分自身の終活が大切だということは、
実体験として、身にしみて感じています。
親の死に直面したとき、慌ただしいままに時間が流れ、
ちゃんと考えられないままにすべてを終わらせてしまった後で、
最後の親孝行がこれでよかったのだろうか?って、
ずいぶん悩んだことがありました。
昔の大家族のように、
親戚縁者を取りまとめたり、
葬儀一切を取り仕切る親戚の叔父さん的存在もありません。
親を看取った瞬間に始まる葬儀一連に関する行事は、
葬儀屋さんにお任せするしかなかったのです。
両親は、ずいぶん長い間、病に伏していたので、
葬儀のことやお墓のことなど、
充分に話す時間はあったように思いますが、
姉妹の間でお互いに、
『親が死んだら…』なんて言う話の口火を切ることが、
はばかられるままその時を迎えてしまったのです。
長い介護生活、
姉妹で力を合わせてやってきたつもりでしたが、
それぞれの家庭もあり、
考え方の違いも歪みを生み出していきました。
そして、葬儀一切を済ませた瞬間、
張りつめていた絆が一気に途切れてしまったのです。
親が残したわずかなものを取り合う気になどなりません。
私はそれ以後の諍いから逃げるように、
妹たちとの付き合いを避けるようになりました。
人は死んでしまったら、痛みも苦痛も何にもなくなって、
残された人間がどのようなことになっても、
知らないし関係ないのです。
でも、
「こんなことをしていたら、死んだ親が悲しむよ!」
っていう人がいました。
そうですよね、
空の上から今の私たちを見ていたら、
親はきっと悲しんでいることと思います。
ですが、
私は私の家族を守るために、
自分の姉妹との縁を切ったのです。
命を与えてくれた親には感謝しかありません。
私は、自分の娘たちには生きている間に、
伝えたいことは伝えておきたいと思います。
私にとって『終活』は、
私の人生をまとめるということと同時に、
残された家族に、
なるべく迷惑をかけたくないという思いの募ったものです。
残されたものは、逝ってしまったものを大切に思うがあまり、
処分しきれない物、捨てきれない物が多くて悩みます。
そんなことで愛する家族を悩ませないためにも、
身の回りに積もり積もったものを、
フリーマーケットなどに出品して処分し、
スッキリさせようと思います。
終活で生活をシンプルにすることこそ、
残される者への愛情ではないかと考えています。
終活とはいつからはじめるもの
『終活』というと、
どうしても高齢者が行うことというイメージが強いのですが、
40代や50代でも、いや、20代や30代でも、
いつ始めても早すぎるということはないのです。
終活=高齢者 というイメージだった私は、
意外なことに、
20代の人でも1割程度の人が『終活』を意識しているという、
アンケート調査を知って、驚いてしまいました。
終活の内容としては、
・財産の情報をまとめる
・今後のライフプランを考える
・人間関係の清算
・デジタルデータの整理
などが上位に見られました。
地震や災害が多発していて、いつ何が起こるかわかりません。
また、生き死にに関係なくても、
終活を始めることに早すぎるということはないようです。
むしろ早くに終活をして、
今現在の自分の立ち位置を知ることで、
それ以降の人生の計画に役立てることがたくさんあるからです。
終活をなるべく早くに始めるべきだという考え方、
私はこの意見に大賛成です。
その理由はというと、
もうすでに高齢者と呼ばれるようになってしまった私が、
もしも早くに終活をしていたら、
今の状況より、
もう少しは良い状況にいたのではないかと考えられるからです。
遅まきながらもエンディングノートを書いて、
少しずつ終活を進めています。
私が残せるものなど何もありませんが、
私が逝ってしまった後で、
子供たちを困らせたくはありません。
終活はやることリストをエンディングノートにまとめる
一時期、エンディングノートなるものが話題になり、
メディアにも取り上げられました。
『自分に何かあった時のために・・・』
そうは言っても、
なかなか手が付けられるものではありませんが、
自分自身の現状を一つにまとめておくべきですね。
預金通帳の口座番号や暗証番号、証券や保険の内容、
メールアドレスなど、
頭の中には、全部まとまっているのですが、
それは自分にしかわからないことばかりです。
夫婦や親子でも、
互いの懐具合や資産状況など、知らないことがたくさんあります。
交友関係なども、
何人か友だちはいても、悩みを話せる人や趣味を共有する人、
食事を一緒にする人や共に旅行をするような関係の人など、
親しさの度合いや関係性の深さも色々です。
もしもの時に知らせてほしい人リストなどを作っておいて、
時々見直す必要がありますね。
エンディングノートには、
資産状況や交友関係の情報だけでなく、
家族に対して、
思っていても普段はなかなか口に出せない感謝の気持ちも、
恥ずかしさを振り切って書いて残しましょう。
伝えたいことは、
文章にすることで確実に残すことができます。
終活はエンディングノートを書くだけでなく、
これから終活していく事柄のやることリストの手順などを記して、
一つずつ片づけていくようにすると便利です。
判断力や意思疎通能力を失うような病気にかかったときの、
治療方針や介護について望むこと、
自分が亡くなったとき
葬儀はこのようにしてほしいと希望する内容を記し、
その理由も明らかにしておく方がいいですね。
そして、
エンディングノートの情報が古くならないように、
誕生日や年末など、日にちを決めて、
定期的に内容を更新するようにしましょう。
エンディングノートに書くべき事柄というのは、
特に決まっているわけではなく、人によっていろいろなのですが、
終活のやることリストとして、
エンディングノートにまとめておいてチェックしていくといいですね。
主に
・自身に介護が必要になった際に希望すること
・財産・貴重品に関する情報
・葬儀に対する希望
・相続に対する考え方
・プロフィール・自分史
・家系図
などが書かれてある場合が多いようです。
ネット上には、エンディングノートのテンプレートが、
無料でダウンロードできるものもありますし、
一般的なものは文具店でも販売されています。
エンディングノートは、
遺言書のように確かな法的効力を有するものとは違い、
介護をする人や亡くなられた人の家族の負担を減らすことが目的です。
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あとがき
終活をするにあたって、
早い段階で不動産の整理や、
今後の住まいについて考えるのはいいことです。
まだまだ早いだろうと思っていても、
認知症になってしまったら、
自分に合った施設を選ぶことも困難になります。
ただし、
エンディングノートに、いくら自分の思いをしたためておいても、
家族が実行してくれるかどうか、
それはもう、家族に任せるしかありません。
逝ってしまった自分には知る由もないのですから。
でも、どうしても実行してほしいし、
その思いを伝えたいのなら、公証人役場に託すという方法もあります。
公証人役場で作成する『公正証書遺言書』は、
確実に自分の希望を伝えるための有効性が高い方法です。
認知症や要介護になってしまったときの財産管理について、
生前後見人を決めておいたり、
委託契約を結んでおく方法もあります。