人間万事塞翁が馬という言葉の意味や由来はなに?使い方の例文は?

随分昔の話しですが、
「人間万事塞翁が馬」というドラマがあったんです。

確か、桃井かおりさんが主演でした。

ストーリーは、
丙午(ひのえうま)の嫁をもらったのは良いけれど、
家の中はいつもトラブルがあって、
これは、この嫁をもらったせいなのではないか…

こんな感じでしたかね。

「人間万事塞翁が馬」という言葉、
私は、あまり使わないのですが時々耳にします、
どういう意味なのか、まとめてみました。

スポンサーリンク
  

人間万事塞翁が馬という言葉の意味とは


座右の銘とする人も多い、
「人間万事塞翁が馬」という格言の意味を知っていますか?

学校で習った気がするけれど、
内容は正確に覚えていないという人が多いかもしれません。

人の生き方を教える言葉「人間万事塞翁が馬」としても使われています。

読み方は「にんげんばんじさいおうがうま」

「人間万事塞翁が馬」は、
「にんげんばんじさいおうがうま」と読みます。

「塞翁(さいおう)」とは、
「塞(とりで)」に住む「翁(老人)」という意味です。

「人間」は詳細は後述しますが、
「人」の意味ではなく、「ジンカン」と音読みする読み方もあります。

また「塞翁が馬(さいおうがうま)」だけで用いられることもあります。

「禍福は予測ができないものだ」
という意味の逸話が起源とも言われています。

「人間万事塞翁が馬」の意味はさまざまな解釈がありますが、
簡潔に要約するなら、
「禍い(不幸)や福(幸福)は予測ができないものだ」となります。

さまざまな解釈がある要因としては、
その由来が中国の古い思想書に書かれた漢文の寓話であるということや、
その思想書の背景には、
異なる思想を融合した老荘思想があることなどが挙げられます。

簡単に言うと…

人間万事塞翁が馬とは、
人生における幸不幸は予測しがたいということ。

幸せが不幸に、
不幸が幸せにいつ転じるかわからないのだから、
安易に喜んだり悲しんだりするべきではないというたとえ。

この世は、諸行無常。

常に変化しているから、
一喜一憂しなくていいよという事でしょう。

人間万事塞翁が馬という言葉の由来は?

「人間万事塞翁が馬」の原文が由来になっています。

・「淮南子」の人間訓に原文がある

由来となったのは、
「淮南子(えなんじ)」という紀元前に中国で編さんされた思想書です。

これは古代中国人の思想や宇宙観が体系的に記述されたもので、
雑家の書とされています。

淮南子は21篇から成り、
その中の第18篇「人間訓」に、
「人間万事塞翁が馬」のことわざの由来である逸話の原文があります。

「人間万事塞翁が馬」の言葉がそのまま書かれているわけではなく、
漢文で書かれたお話しが書かれています。

そのあらすじは、
老人の馬が逃げたところ、
その馬が優れた別の馬を連れて帰ってきた。

今度は老人の子供がその馬から落馬して足を折ったが、
そのおかげで兵役を逃れて命が助かった。というものです。

スポンサーリンク

塞翁の馬を巡る【禍⇒福⇒禍⇒福】のお話しとなっているわけです。

この逸話は、
「禍福は予測ができないものだ」ということを伝えています。

そのことから
「塞翁が馬」の教訓が生まれました。

・「人間訓」の「人間」とは「世間」の意味

また、
この逸話が書かれている第18篇「人間訓」の古い日本語訳には、
「人世の利害禍福等について述べたもの」と冒頭に記されています。

日本語で「人間」というと「人」のことですが、
中国語で「人間」は「世間」という意味です。

「人世(じんせい)」とは「世間」という意味です。

そのことから、
「人間万事塞翁が馬」の「人間」は「人」ではなく、
「世間」のことを指しているという解釈ができます。

このことを踏まえて言葉の意味を付け加えると、
「世の中に起きる悪いことも良いことも予期できず、
それに振り回されてはならない」
という格言だというのがもう少し深い意味となります。

いずれにせよ、
人の生き方を戒める言葉であることは変わりがないため、
「世の中に起こること」でも「人生に起こること」でも、
どちらの解釈でも意味はかわらないといえるでしょう。

・老荘思想を背景とした戒めの故事成語

さらに、
「淮南子」は道教の老荘思想を基本とした修身論であり、
人と自然との関わり方を重視しています。

淮南子の教えの骨子は、
「人間社会に起こるさまざまな欲望を追及せず、
自然と一体となる本来の自分を守ることが大切である」ということです。

簡単に言うなら、
「ありのままを大切にしなさい」という意味です。

その教えを頭に入れて「塞翁が馬」のエピソードを考えてみると、
この寓話の奥に広がる壮大な思想を読み取ることができるでしょう。

人間万事塞翁が馬という言葉の使い方の例文は?

「人間万事塞翁が馬」の正しい使い方ですが…

「人間万事塞翁が馬」の意味は、
「一喜一憂するな」ということ。

「一喜」とは、ちょっとした幸運に、いちいち喜びに沸くこと。

「一憂」とは、ちょっとした不幸に、いちいち落ち込むということ。

「一喜一憂するな」は、
よいことが起きたときには、戒めの言葉となり、
悪いことが起きたときには、励ましと慰めの言葉になります。

つまり、幸運に浸り安住しそうな人に向けて、
「決して油断してはいけない」という時に使うことができます。

一方、不幸に遭遇し、
これから先の人生に、
希望が持てなくなっている人に向けても使うことができます。

「人間万事塞翁が馬」の例文を3つご紹介します。

・リストラされたからといって、そんなに落ち込む必要はないですよ。

「人間万事塞翁が馬」とも言うからね。

会社をリストラされたとしても、
これがきっかけで、もっとよい就職先が見つかるかもしれません。

そういう励ましの意味を込めて、「人間万事塞翁が馬」を使います。

・宝くじで6億円当選! しかし、逆に不幸のどん底に。

「人間万事塞翁が馬」とはこのことだ。

大金を得たとたんに、親戚が急にお金の工面に来るようになった。

結局、自分の生活もままならなくなり、
お金もすべてなくなってしまった。

ありそうな話です。

こんな場合も「人間万事塞翁が馬」が使えます。

・不本意ながら就職した会社が急成長。
まさに「人間万事塞翁が馬」です。

滑り止めでやっと就職した会社。

給料も安かったが、技術部門が世界的な特許を取り、
一躍有料企業に生まれ変わりました。

これも「人間万事塞翁が馬」と言えます。

このように、
何が良いことで、何が悪いことか、
未来のことはわからないという意味で使われます。

あとがき

人間の幸不幸は、
最後の最後までわかりません。

一喜一憂しないように、という教えは、
現在のわれわれにも考えさせられることが多い言葉だと思います。

たとえ今日、苦しいことがあっても、
明日の希望を抱いて、頑張りましょう。

ということですね。

スポンサーリンク